「どうして英語を教えるようになったんですか?」と聞いてくださる方が時々おられます。長く来てくださっている方々の中には、お話しさせていただいたこともありますが、新しい方もおられますので、今回少し自己紹介をかねて改めて書かせていただくことにします。当塾へのご理解の一助となれば幸いです。
教師になりたい、という思いは中学の頃からもち始めました。中学2年の時の担任が教育に純真でとても啓蒙的で(国語の先生でした)、私の他にも同じ思いをもった生徒が大勢おり、その後実際に教員になった者も何人もいました。今でも同窓会でこの先生にはお会いするたびに、当時の思いがよみがえってきます。
大学で英語を専攻し、多くの友人は中学・高校の英語教師になりました。しかし、大学在学中に感じたことは、率直に申し上げますと、このままでいきなり英語は教えられない、という心細さでした。他の英文科生のことはよくは知りませんが、少なくとも、私は大学の英文科を普通に卒業しただけでは、英語も満足に話せるようになっておらず、自分の中にないものを教えなければならない、という一種の後ろめたさのようなものがありました。こんなことを言い出せば、どの科目でも同じかも知れませんが、特に英語は、それが自分の生活の中に実体験として存在していないため、学校の中だけの勉強ではどうしても借り物のようなおぼつかなさをぬぐい去ることができない、というのが本音でした。
それで、とにかく英語圏の外国、それもできればイギリスに住んで、(イギリス英語が好きだったと同時に、ブリティッシュ・ロックが好きだったから、という若さ故の理由です。)英語の生活感を掴みたいと思い、若いうちに出向させてくれそうな楽器メーカーを故郷の名古屋に探し出し、入社し、数年間貿易英文をタイプライター/テレックスで叩いた後、思い通り、26才のとき単独でイギリス駐在員として派遣されました。1982年のことでした。
イギリスはイギリスでも私の行った先は Newcastle-upon-Tyne(ニューカッスル・アポン・タイン)というイングランド北東部、スコットランドとの境界線に近い地方都市で、美しい街ではありましたが、訛りが強く、聞き取りには内心自信があった私でしたが、「これが英語か?」というほど理解できず、それはそれは大きなショックでした。
私は子どもの頃からよく夢を見るほうで、何か生活に変化があると、それがすぐ夢に出てきます。’90年代以降はこの街の郊外に日産の英国工場ができたため、関連会社を含め多くの日本人が滞在していますが、当時、私の滞在している間に知り合った日本人はほんの数人で、ほとんどが大学関係の方々でした。その人たちとマークス・アンド・スペンサーというスーパーマーケットで偶然知り合うまでに1年かかり、その最初の一年間は全く日本語を話すことがありませんでした。
さて、イギリスについてすぐのことでした。夢の中で私は日本においてきたいろいろな人たちと楽しく話しています。するとその中にイギリスの会社の社長が登場してきます。私は彼に向かってつっかえつっかえ英語で話します。日が経つにつれ、夢の中の日本人の数が徐々に減っていきました。それにつれてイギリス人の数が一人増え、二人増え、三ヶ月経ったとき、悲しいかな、とうとう夢の中に日本人が出てこなくなり、イギリス人だけになってしまったではありませんか!しかしそのときから、私は英語で話をすることが苦痛でなくなり、イギリスでの生活が快適なものとなりました。私は今でもこのときのことを鮮やかに覚えています。あの日、私の頭の中に何か変化が起こったのだと思います。
「英語でものを考える」という表現を時々耳にしますが、私の場合はそんな意識的ではなく、日本語をしゃべる相手がおらず、どうしようもなくなって、英語が出てきた、といった感じでした。日常会話的な内容であればともかく、ビジネスの微妙な話や抽象的なことは、やはり日本語で考えますし、それを英語で相手に的確に伝えるには、文法力と語彙を駆使して、一文一文、一語一語、考えながらゆっくり話さなければなりませんでした。それでも、自分の深いところにある事柄を英語で、なんとか相手に伝えることができるということは、自らの人となりや考え方を理解してもらうことにつながり、それが相手側のステレオタイプや先入観による誤解を解き、良い人間関係を築き上げるもとにもなりました。
日系企業で働いているイギリス人やアメリカ人から親しくなった後で聞いたことですが、日本人が何年いてもどの人も同じ顔に見える( faceless [顔がない、の意])のは、いつまでたっても、一歩踏み込んだ内面的な会話をしないからだ、ということでした。これを日本人の奥ゆかしいメンタリティの故と好意的にとる外国人たちもいるようですが、単純に、学生時代に英語をちゃんと勉強したかどうかにかかっている、と私は思います。そしてそれは、私の経験では、大学の専門レベルの英語知識ではなく、基本的な高等英文法(高校英語)の理解にかかっている、ということでした。(通訳、翻訳といった専門職に関してはもちろん話は別です。)言い換えると、高校で勉強する英文法さえきちんと理解していれば、後は語彙と発音・会話練習をすればするほど上達する、というわけです。
日本ではこの高等英文法を高校一年の4月から、早いところは一年間で済ませてしまっています。しかし15、16才の平均的な理解力を踏まえると、私は1年半以上かけてゆっくり勉強すること、そして高校3年でもう一度全体を再確認することが有効であると思います。特に文の骨格となる「5文型」そして「品詞とSVOCMの関係」といった高校1年の初めに習う単元は、一度説明を聞いて100%理解できる生徒さんはなかなかいないのが実状です。しかし高校2年に復習すると驚くほど理解力が違います。そして高等英文法の中で、この文構造に対する理解がその人の英語力の土台となるのです。
さて、話は飛んで、紆余曲折を経て、30数年前から英語を教え始めました。今度は今までお話ししたような経験を通して、大学卒業時にはなかった英語に対する考え方が、自分なりにもてましたので、何とかやってみようと決心できました。文法書を何冊も読み直し、自分なりに納得のいく文法のテキストを3回作りなおし、現在高校生クラスでは、これを使用して授業をしています。小学生のうちにフォニックス理論を使用して発音と綴りの関係を理解し、中学生から高等英文法の基礎になる考え方を身につけてゆくよう指導する。社会人クラスや個人レッスンでも、このような思いからでたこととご理解いただいて、機会ある毎に文法の授業をさせていただいております。
学校英語、受験英語も英語に変わりはないのですが、私は自分の経験から、このようなアプローチで英語を勉強したらどうだろうか、と考え現在に至っている次第です。それと、やっぱり楽しく勉強することですね。笑いは脳を活性化する、と私は確信しています!
思うにまかせて長々と書いてしまいました。貴重なお時間を割き、お読み下さり感謝いたします。
