なぜ今「英文法」なのか?

 高校教育の中で、口語体の表現力をつけるために「オーラル・コミュニケーション」が導入され、中学の教科書でも口語表現が多く取り入れられてずいぶんと時がたちました。センター試験でリスニング試験が課せられることになったのは2006年からでした。

 こうした動きは以前の「文法偏重」教育に対する反省から始まり、英語の成績が良くても実際に使えない、という現実に対処するため、読むことと書くことだけに集中しがちだった英語教育を改め、「読み」「書き」「聞き」「話す」という4技能をバランス良く修得することを目的とした方針改革です。

 しかしながら、現場では、教える側の意識と再教育が追いつかないため、結果的に英語の基礎を身につけるはずの中学校で会話体表現の断片的な知識だけが増え、その代償として文法が軽んじられ、高校に入ってからの授業レベルとの間のギャップが今まで以上に広がり、返って学習者を戸惑わせている、という現実があります。さらに日本の大学入試レベルの英語力は相変わらずとても高く、ネイティブも「むずかしい」というほどです。

 大学入試をクリアし、かつ使える英語力を身につけようとするには、実はしっかりした英文法知識に立った上で、「読み」「書き」「聞き」「話す」というそれぞれの実技練習をバランス良くこなしてゆく、という正攻法以外に道はない、と私は確信しています。「文法偏重」教育だけでは確かに英語を使えるようにはなれませんが、それがそのまま「文法が必要ない」ということを意味するのでは決してありません。

 私はかつて会社に勤めていました頃、YMCA英会話学校に通ったことがあります。そこには文法の勉強を敬遠し、話せるようになるにはスピーキング・プラクティス(会話練習)だけでいい、と考えてきている方が大勢おられました。その英会話学校では、英文法の知識はすでにあるという前提で授業をしていましたので、そういった方々は初級レベルをいつまでも越えることができず、結局あきらめてしまう、というケースがよくあったように見受けられました。これは後に知り合った英会話学校で講師をしているネイティヴスピーカーらの共通したジレンマでもありました。

 また駐在員時代に、親しくなったイギリス人やアメリカ人から耳にしたことですが、文法を無視したいわゆるブロークン・イングリッシュで押し通す日本人とは、人格的なレベルでのコミュニケーションがどうしてもできないため、結局表面的なつきあいだけになってしまう、ということでした。そのため彼らはそういった日本人を “faceless” と形容していました。これはおもしろい表現で、直訳すると「顔がない」、つまり心が通じ合わないとだれと話しても同じ顔に見えてしまう、というわけです。とりあえず用を足す、こちらの言いたいことだけ伝わればいい、という意識で英語を使っていると、相手が伝えようとする微妙なニュアンスを理解しないまま、事を進めていってしまい、本当の意味での良い人間関係をつくることには行き着きません。

 海外で活躍している方々を見ていて私が気がつかされたのは、外国人と良い関係をつくるのは、一緒に飲み食いすることも大切ですが、こちらのハートを伝え、相手のハートを理解できるかどうか、そのレベルの英語力の有無がキーだという点でした。

 欧米人はイエス・ノーをはっきり言う、とよく耳にしますが、私が経験した限りでは、彼らは日本人以上にはっきりとした拒絶の言葉を口にすることを嫌っているように見受けられました。英語には「仮定法」という表現法があります。みなさん、高校で勉強なさったのを覚えていらっしゃると思いますが、彼らは実にこの仮定法を多用しているのに驚きました。断るときでも、”No, I can’t do it.” と言う代わりに、”I wish I could say yes.” と言います。これは “I can’t say yes.” (イエスとは言えない)と言う直接法の表現が相手に与える拒絶感を少しでもやわらげるために、”can’t” を現在のことを言うのにも関わらず、時制を”could”と過去形にすることで事実と違うことを述べることを伝え、”not” と言う否定語を使わず、「申し訳ありません」という気持ちを言外に表現しているわけです。我々日本人はそれを聞いて相手の意向を察し、それ以上相手にプッシュしないようにするわけです。

 これはほんの一例にすぎませんが、仮定法をよく理解していないと、これを断りの言葉と捉えず、さらにプッシュを続け、相手を困惑させる結果となってしまいます。私は時折、教材に映画を使用しますが、それは映画では場面設定がはっきりしているため、状況が判断しやすく、したがってセリフに込められた話し手の思いがくみとりやすいからです。また同時に、そういった文法知識抜きには、言葉に込められた気持ちが十分に理解できないことを知ってもらう目的があります。

 最後にもう一つだけ。文法は勉強の仕方次第でとても面白くなります。英語を好きになるのも、ここがポイントです。